千恵の眼

自分の人生の中で勇気づけられた言葉や日々の思いなどを綴っていきたい。

白土三平先生、大好きな海で素潜りしているんですか

気のエネルギーを感じながら、散歩している。

宇宙から光のエネルギーが自分の身体に入ってくるイメージ。身体を極力ゆるめ、脱力し、腕をふり、丹田に意識を置きながらゆっくりと歩く。

自然と一体となり、心身が調和してくるような気がする。

一日の中で、自分にとって大切な時間である。

カムイ伝」などで知られた漫画家の白土三平先生死去
 
 先月、先生の訃報を新聞で知った。
訃報記事には、作品である「忍者武芸帳」や「サスケ」「カムイ伝」などの作品名とともに、千葉県の漁村に住み、アウトドアライフのエッセーも執筆した。と書かれていた。

 私の叔母がその漁村に住んでいたことがあり、一時、空き家となっていた叔母の家を先生は借りていたことがあった。

 海は目の前にあり、アウトドアライフを行うには最適な場所だったと思う。私もその漁村の生まれ。そんな関係もあり、先生ご家族とは少しばかりの交流があった。

 私は漫画家の先生だとは知っていたが、戦後漫画史に大きな功績を残したそんな有名な先生とは、訃報の記事を見るまでは全然知らなかった。

 偉ぶることもなく、漁民から愛された白土三平先生
 先生とお話をする時でも、何かをお願いする時でも、偉ぶることもなく、ごく自然に接してくれた人柄で多くの漁民から愛されていた。

 そんなエピソードが先生の著書「野外手帳・小学館」に垣間見ることができる。
 野外手帳から引用してみる。

「先生と言われるほどの馬鹿じゃなし」という言葉がある。
私の住んでいる房総の漁村では、私のことを先生と呼んでくれる人がいる。

飲み屋で「よう!先生よ!」なんていわれるとハッと客が振り返ったりして、実にやばいのである。

 先生と言えば、だいたい医者か学校の教師と相場が決まっている。あとは政治家か詐欺師ぐらいのものであろう。
ところが、この仲間へマンガ家も入れられてしまったのである。

 漁師たちは、陰で私のことをマンガと呼んでいる。私の女房も子供もすべてマンガである。つまり屋号ということになる。

「おめら方でよ!指名手配の爆破犯人、おら見るっけがよ!警察はあんでつかめねのかねえ!」
「ばか!あのヒゲはやしたがだっぺ!ありゃ、おめマンガださぁ!」というような塩梅である。

*多くの漁民との交流があり、その人柄を愛された先生は10月8日に、その後を追うように先生の弟で多くの作品で作画を手掛けた岡本鉄二さんも12日にお亡くなりになった。

心よりご冥福をお祈りいたします。